現役高校2年生の奮闘

thagwenの学問・趣味に奮闘する日記

ウサギとカメに学ぶこと。

昔話に、ウサギとカメが競う話があります。ウサギはカメよりも足が早く、すぐにゴールにたどり着くことができます。

しかし途中で余裕を感じ、なまけてしまったがために、着実に歩むカメに負けてしまうという話です。


そしてこの話の訓戒はこのようになっています。

過信(自信過剰)して思い上がり油断をすると物事を逃してしまう。 また、能力が弱く、歩みが遅くとも、脇道にそれず、着実に真っ直ぐ進むことで、最終的に大きな成果を得ることができる。
(Wikipedia)


でも、本当にそうでしょうか。



僕には違うものが見えています。

僕の見えたものを説明したいと思います。



その説明のために、一つ疑問を投げかけましょう。



カメはなぜウサギに勝負を挑んだのでしょうか。



カメは圧倒的にウサギに負けます。体格差、もちろん足の速さという点でも。それでもカメは臆することなくウサギに挑みます。

なぜでしょうか?なぜ挑むのでしょうか?一見すると負けが確定している試合に、どうして挑むのでしょうか?

考えました。そして1つの大きな結論にたどり着きました。



「カメは世渡り上手だった」



兵法にはこうあります。

「勝兵はまず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵はまず戦いて而る後に勝を求む」

つまり、「戦う前から勝利は確定している」ということです。

そして、「無謀な戦闘は行わない」ということが第一遍に書かれています。

兵法によらなくても、勝てそうにない戦は、自らに泥を塗る行為になります。だから僕らですらそのような戦は避けているはずです。

よってどうやらカメは戦いにおいての勝利を確信して、ウサギに決闘を挑んだと言えそうです。



ではどのようにして勝利を確信したのでしょうか。

勝利を確信するために必要なこと―言うまでもなく相手の観察です。相手の行動フロー、思考パターン、傾向を考慮する。これが鉄則です。

したがって、カメはウサギの観察を日々行っていたことになります。

ここにカメ一族のウサギ一族に対する密かな対抗心がちらりと姿を現した気がします。



さて、なぜウサギを偵察していることが明らかにならなかったのか?ということを考えましょう。

カメはウサギに比べると相当小さいです。

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昔話に登場するときですらかなりの身長差があります(正直全長差のほうが適切かもしれません)。

カメは自身がものすごく小さく、茂みに隠れ、保護色(昔話では緑色をしている)によって、ウサギの目を逃れていたということでしょう。

カメは自分の特徴を上手に生かしています。



話は戻して、しかし問題が1つあります。

ウサギの全員が全員、負けたウサギのように、途中で怠けてしまうわけではないということです。

ということは、カメは相手のウサギを無造作にではなく、意図的に決めていたということになりませんか?

もしも無造作に相手を選び、もしその相手が途中で寝てしまうなどという暴挙に出ない、勝負に堅実なウサギだった場合、勝率は0になるでしょう。

ゆえに、ここからわかることとして、カメは、数多くいるウサギ個々のデータを収集し、その中で特別イキっていてなまけ癖があり、勝てそうな気がするウサギを見つけ出していたのです!



ここで注目すべき点がもう1つあります。それはカメ自身が勝負の話題を持ちかけたわけではないことです。

ウサギが話を持ち掛け、それにカメが乗り、試合が始まりました。

ということは、カメは話題に乗せやすく、勝負を挑んできそうなウサギ、すなわち頭の弱いウサギを探して勝負をするように仕向けたと考えられます。

話題を誘導しやすい相手でなければ、勝負をすることができず、最終的な野望を叶えることができません。



このような計略の結果として、カメはあのウサギに勝った!ということで世間に名が知れます。ウサギ一族の顔に泥を塗り、カメ一族の繁栄に貢献。

ここで、さらに興味深いことに気が付きます。それは、この話が「カメが努力してウサギに勝った」というように、カメが正義として長い間語り継がれていることです。

もしもカメが、以上のような作戦を練って勝利したことが世間に知られたら?おそらく「カメは汚い」ということで、美化されず語り継がれることもないでしょう。むしろウサギがかわいそうだという意見が飛び、カメ一族の汚点となることでしょう。

ですが汚点を残すことは一族にとっては不都合。


よって真の目的は、「カメは一見歯が立ちそうにないウサギに果敢に勝負を挑み、その純粋な努力によって栄光を手にした」ということを世間に見せつけ、伝承することだったのです!

だから彼は勝利後にこのようにいいます。「うさぎさん、一緒に走ってくれてありがとう」と。これ以上に青春の美しさを醸し出せそうな言葉はないですよね!?美しい感じがしますよね。

この言葉があることによって、カメが計略を練ったという事実を上手に隠蔽しているのです。後始末まで抜かりなく行う。まさしく天才。



さて、ひとまとめしましょう。

カメは、あるウサギ集団を隠れて観察し、相手の情報を入手。勝負の話題に乗せやすく、自ら勝負を挑んできそうな、もちろん勝てそうな相手を探した。つまり決して無差別に相手を選んだのではなく、意図的に100%の勝利を確信できるような相手を選んだ。

一見歯が立ちそうにないウサギに果敢に勝負を挑み、その純粋な努力によって栄光を手にしたという中身の話を、世の中に見せつけ伝承することが目的だった。そのために、美しく巧みな言葉を用いて、汚い事実を塗り替えた。



いやあ、何て世渡り上手なんでしょうか。

ウサギを企業や、ライバルに置き換えると、本当に上手に世を渡る、かなり汚い感じが匂ってきた気がしませんか。

相手を蹴落とすがそれを表に出さないことによって周囲の評価を下げず、しかし自分の地位を確固たるものにし、後世に残る話を仕立て上げる。

上手ですね。



僕に見えた「ウサギとカメ」が本当に見せたかったもの。それは「頭を使って上手に戦え。後始末はしっかりと抜かりなく。」ということだと考えます。

頭を稼働させなさい。

末端者でもある敵方一族を倒すことは、下剋上を意味する。

末端者を探すために相手を知りなさい。

勝利を確信しても、兵法にあるように油断をすることなく、手加減せず戦いなさい。

一方でそういう威厳にこだわる「汚さ」を排除するために、あくまで勝負はきれいに、感動的に。

決して高慢ぶらず謙虚につとめ励みなさい。

後始末は抜かりなく行うこと。

これが一番言いたいことなのではないかと感じました。



実は、これは物語の前半部分の話でして、後半部分の話を考慮に入れていません。

ですが、後編は信ぴょう性が低いです。情報源が不明です。

だからできれば考慮に入れたくありません。もしも情報源があるのであれば教えていただけると幸いです。

以上夏休み課題の「ウサギとカメ」の読書感想文でした。



※注意

意見には個人差があります。

この感想文は夜中の2時ごろに書きあげました。

ここに書き写していて気が付きました。

深夜テンションって怖いですね。

英検を受けるべきか、駿台模試を受けるべきか...

どうもThagです。

恐ろしいことに気が付きました。



英検と駿台模試が被った!



試験日はどちらも10月8日。

これは究極の選択です。今、ものすごーく悩んでいます。



今度僕が受ける予定の英検は、準1級

高校3年生の夏か、遅くても12月までに準1級は取りたい。となるとこのせっかくの機会を逃すわけにはいかない。

しかし、あと1ヶ月、どれほど努力したとしてもおそらく準1級は合格しない。現に僕の友人の、準1級に挑戦しているほとんどの人が、既に2度落ちているという。

言うまでもなく、あと1ヶ月で単語の壁を克服できるとは到底思えない...。



一方で駿台模試

最も信頼度の高い模試のうちの1つ。年に2度の受講機会がある。今回が第2回。

受験料は英検の2分の1。受験料ですらポケットマネーの僕からするとかなり良心的。

実力試しに受けてみたいという気持ちがとても強い。

がしかし、受けたところで、おそらく模試の復習は十二分に行えない...国語はほぼ丸投げになることは間違いないし...。現に高1のときに受けた駿台模試の国語の時には、時間は多すぎるほどあったのに手が付けられなかった。

加えて模試の復習がうまくできないのに受けてもなぁ...と思う。最近毎月のように模試を受けているから、正直な話駿台模試をあえて受けなくても、自分の弱点は発見できる。

とはいえ、受験のガチ勢を相手に自分がどのあたりにいるのかや、ガチ勢の圧倒的な力を目にする絶好の機会であることに間違いはないはず。河合模試よりもレベルの高い生徒たち、例えば進学校の生徒たちが受けるわけだし。



煮詰まったので、学校の先生に意見を求めてみた。

母数 (n = 8人)
駿台よりも英検を受けるべき」 ... 3人
「英検よりも駿台模試を受けるべき」 ... 3人
「どちらも受けなくてよい」 ... 2人

かなーりきれいにわかれた。なるほど、教員の中でも究極の選択化しているのか。



ひょっとしたら、どちらも受けないという手段もありなのかも...。模試は十分に受験しているし、英検は合格率が壊滅的なら、どちらも受けず代わりにほかの勉強をするというのが時間を効率よく使う手段の1つであることは間違いない。

駿台模試の日程が全部英語検定と被っているあたり、どちらかが意図的に合わせに来ているのでは?と思わざるを得ないと思いませんかね!?

うーん。締め切りが近いからなあ。どっちにしたものか。

TED、最も高級な暇つぶしになる件

どうもThagです。突然ですが、最近TED talksというプレゼンテーションを公開したサイトにドはまりしています。

こちらが公式サイトです。
www.ted.com



TED talks 勉強になる

ちょうど30分ほど暇ができたとき、そこがTEDを見るチャンスです。英語のリスニングはもちろんのこと、プレゼンテーション能力まで鍛え上げられます

プレゼンテーションスキル。これはたぶん僕らの世代には必須な技能の一つではないでしょうか。しかし残念なことに学校ではなかなか、この能力を、必須であるのにもかかわらず、習得する機会がありません。大学に入ってからはわかりませんが、少なくとも高校生の間にプレゼンテーションに力を注ぐことができないのは事実です。

プレゼンの授業は無いし、学校は外部プレゼンテーションを許可しないし・・・。これは僕の経験談です。付け加えておくと、内容が教育に関することで、教育委員会を刺激しそうな内容なので却下されたんです。コンテストのテーマが「私の意見」で「学生が自由に思ったこと、考えたことを発表する。そして発表者の能力を高める」とあったのに。あれ、おかしいな。

だからできないといっても、まあ仕方ないんじゃないかな、という風に僕は思うのですが、それでもできることはやるべきです。そこでTED。これでプレゼンテーションのやり方を学びます。

30本ほどプレゼンテーションを見て、日本式と海外式のプレゼンテーションの差異を研究しました。しぐさ、口調、内容、発言の順番、場の作り方などなど。とても有益な情報があることに気が付きました。以下にその点を述べてみます。


日本式・海外式プレゼンテーションの差異
1. 動き
2. スライド
3. 抑揚
など



ここから先の記事を書くにあたって宣言しておきます。

意見には個人差があります(さだまさし)



1.「動き」

動くこと、すなわち生物の注目を得ること。生物は野生の本能として、動的物体に注意を向ける傾向があります。それは野生動物ではない家畜動物でも、人間でも同じです。プレゼンテーションで最も重要なこと、いや発表において最も重要なことは、注目してもらうことです。その点で、動くということは最高の手段の1つです。

しかし日本式はどうでしょう?よく学校で講演会のチラシが配られます。講演会の演目に「30分のプレゼンテーション」とありました。見に行きました。微動にだにしない!一瞬で睡魔に襲われて…です。

対してTEDのは、海外の言葉で、気を抜けば単なる念仏、子守歌にしか聞こえないものですが、相手が動くので意識がそちらに向くんですね。苦手な文学チックな話をしているものでさえ、最後まで見ることができました。



2. 「スライド」

まずはこちらを見てください。

http://blog.btrax.com/jp/files/2012/08/2nd-pic.jpg

※こちらを参考にしました。アメリカ型プレゼンの特徴 -【月刊事業構想連載記事】 | freshtrax | デザイン会社 btrax ブログ


講演会に行って気が付くこと。それは日本人のスライド資料が汚すぎて何言ってんのか頭に入ってこないこと。いや、失礼しました。言いすぎました。訂正します、「いろいろな情報が詰め込まれ過ぎていて、主張が見えない」というように。

学校で先生が講演をするとき、あるいは外部の講演で資料が配られます。でもそれ、役に立たないんです。印刷の段階で字がつぶれるほど小さな字で書かれていたり、蛍光色が多すぎてどれが重要なのかわからなかったり、もうとにかく、もらっても後で読もうという気にならないんです。

発表中もそうです。いろんなアニメーションがあって、確かに多彩です。色とりどりです。赤青黄緑色のオンパレード。だけど、何が言いたいのか、何が強調したいのかわからないんです。赤字で書いてあるものの上にアニメーションして白いオブジェクトが挿入され、その上に黄色い文字で文章が入ってきたときなんかは絶望的です。読めない。

一方で海外のモノはというと、これぞ『THE★シンプル・イズ・ベスト』。一文・一単語しかないんです。アニメーションも静かです。無駄にくるくる回転したりしません。あってフェードイン・アウト程度です。

だから話者の話に集中できます。途中話を聞いていなくて、置いていかれてしまっても、スライドはシンプルです。だから話に復帰しようという気持ちを阻害しません。これは話に戻ろうとするチャンスを生み出します。

もちろん、日本式の物にもメリットはあります。また今度意見を述べようかと思っていたのですが、あれは詳細がわかります(もちろん読み返せるものであれば)。細かいので、一枚で中身が理解できます。

だからもしも僕が1つ提案できるとしたら、日本式スライドを配布資料に、発表資料は海外式にするということです。プレゼンでは見やすい物を重視し、自社に戻って会議をするときのために日本式詳細説明付スライドを。



3.「抑揚」

一言で言います。海外のは音楽です。日本のは子守歌です。

常に一定のスピードで、同じテンポで、同じ仕掛けで…もうお経!念仏!これが日本式。

逆に、言いたいところは強く言って強調し、それ以外は普通に話す。悲しいときは小さな声にしたり、狂ったイメージの時は狂ったような声で話したり。まさに音楽。これが海外式。

もし本当に聞いてほしいなら、真面目な場面だからといって、お経を唱えるのはやめてほしい。飽きます。睡魔に襲われます。発表者も僕らも時間を無駄にします。



以上のように、僕の経験との対比をしてみましたが、「あなたが受けた講演がひどかっただけだ」とか「TEDは世界最高レベルのプレゼンなんだから当たり前だ」とか「お前できるのかよ」とか言われると何も反論できないです(´;ω;`)

ですが、もし上記のようなことを思われたのなら、心に留めておいてください。

あなたが知らないだけで、少なくともこのように感じている人が大勢いるということを。つまらないものはお嫌いでしょう?皆同じ気持ちなのです。まったくTEDと関係ないけど!



TED talks 僕が好きなプレゼン

最後に僕が気に入ったものを貼ってみます。最近のプレゼンしか見ていないので、まだTEDには詳しくありません。もしいいものがあったら教えてください!


爆笑した。
www.youtube.com


是非とも考えてもらいたい。
www.ted.com


感動した。
www.ted.com




まとめ

今回は結構真剣に書きましたが、中身は薄かったかなー...証拠が少なすぎるかもしれませんね。

とにかく、TEDのプレゼンテーションは、優れているところを話すときりがありません。話者の細かい移動のパターンや、順序立てなんかもかなり興味深いところがありますが、すみません、書くのが...なので今回はここまでとします。

たった数本見るだけで、僕はこの3つの代表的な点に気が付きました。ちょうど30分ほど暇ができたとき、そこがTEDを見るチャンスです。英語のリスニングはもちろんのこと、プレゼンテーション能力まで鍛え上げられます

こういう理由で「最も高級な暇つぶし」だと思いました。

慣れないことは軽んじるべからず。

どうもThagです。

明日は全国河合模試です。明日がいわゆる重要な試験の1つで、ここでの成績が後に大きく影響することは間違いないでしょう。

だから、模試の話を書こうと思ったのですが、事件が起きたんです。

HDDデータ消しちまった!



経緯
僕は遺憾ながらWindowsユーザーです。Macを購入するお金がないからです。

そうなると「Macがほしい、ほしい、欲しすぎる!」という欲望が増していきます。これを満たすために、同じUnix系でMacよりも使い勝手がいい(改造しやすいから)Linuxを使っています。

基本的に、Windowsは使わずに、Linuxを利用しています。つまりHDDをLinuxWindowsで分けて利用しているわけです。


Linuxは改造しやすいから便利だ」と書きましたが、僕はLinux歴3年。コマンドの勉強を始めたのがちょうど去年のことで、改造を始めたのが今年の初めです。だからLinuxのことをほとんど理解していないのでした。

そして事件が起こります。

shred -uzv -n 0 /dev/sda

このコマンドを、コマンドの勉強ついでに実行したのです。




補足コマンド説明
このコマンドの意味について説明します。書式は以下の通りです。

shred [オプション] [ファイルまたはディレクトリパス]


オプションは以下の通りです。

  • -n num

ランダムなデータでnum回上書きする。

  • -u

データを上書き後にファイルを削除する。

  • -v

進行状況を表示する。

  • -z

最後に0で上書きする。


このコマンドは引数に指定されたファイル、あるいはディレクトリを復元不可能にして削除します。復元不可能にするために、ファイルのデータをランダムなデータで塗り替えます。あとは通常の削除を行います。削除データが、隠しディレクトリに残っていても、ファイルの中身が破損していて使えない、というわけです。



話に戻って
実行後、すぐに異変に気が付きます。表示される進行状況のなかの、削除されたデータの量を見たときに、「あれ、おかしいななんでデータ総量が500GBなんだ…?割り当てたLinuxの容量が500GB。どうして一致しているんだろー?もしかしてLinuxデータを全部消してる…?」

意を決して中止することにしたんです。なぜならもしも、僕の仮説が正しければ大変なことになるからです。仮設が正しいかを確認をして再度試行すればよいだけの話ですし。

しかし時すでに遅し。

ファイル検索で「sublime」と入れれば出てくるはずの、SublimeText3に関係する各種設定ファイルどころか、ショートカットが検索結果に表れない。

ターミナルからカレントディレクトリを移動して検索してみるも、存在しないとだけ返ってくる。



そして気が付くのです。

HDDデータ消しちゃった…と。

これが意味するのは、全ファイルデータが、OSデータが消えた、ということです。だから保存した写真もプログラムも、メモ帳日記(Hatena投稿しないよりローカライズな日記)も、全部のデータが消えただけでなく、OS事態も再インストールしなければならなくなったのです。



僕はただ、過去に画面上から削除したデータを、ディスクから完全に削除する方法を勉強していただけだったんです。とくに秘密ファイルがあったわけではありませんが、知っておくことに意味があるから勉強していたんです。

しかし、計画があまりにずさんすぎました。どのディレクトリがHDD本体なのかを全く確認することなく、インターネットの例をそのまま実行してしまったのです。

じつはLinux(Unix)は、改造が非常にたやすいですが、逆にいえばユーザーの1コマンドで簡単に破壊できてしまいます。僕の知り合いで、Macのrootを破壊した者がいます。管理者権限を付与しているときには、なーんにも警告が出ずに破壊できるのです。

Windowsは約10年使っています。レジストリをがりがりいじって、自動データ送信とアクセス、それから自動アップデートを阻害したりしていました。

対してLinuxは3年です。まだ初心者です。リスクを軽視して慣れないことをした罰です。



まとめ
大きなことを学びました。

慣れないことは軽んじるべからず。

明日の模試も、この教訓を忘れないようにしないと…。特殊な方法で解くのは厳禁。あくまでオーソドックスに王道を行くべし。

はあ…。HDDを全消ししたということは、中にあった、Hatena投稿用の写真データも、プログラムも全部消えた、ということです。しかもファイル破損オプションを付けたのがまずかった。二度と元通りにできない。

あ、この記事はWindowsから書いてます。しばらくWindows使うかー…。あれだな、もし前にPCを開いたのが間違いだったな。

京都・大阪を一人旅してみた。

Thagです。おはこんばんちは!(「おはよう」「こんにちは」「こんばんは」を合成してみた)


まったくタイムリーな話ではありませんが、8/10京都大学オープンキャンパスから始まる、4日の旅をしました。うち2日は一人旅をしたので、記事にしたかったのですが、ちょうどPCを持っていくのを忘れていたので、記事の更新ができませんでしたが(汗

ですが、ちゃんと日記をつけていましたので、今回はそれをただ打ち込みました。


と、その前に一言。

田舎者で小心者の僕には、都会は怖すぎる。学生には都会はあまりにも魅力的だった。




一日目 八月十日 京都

本日向かう場所は、ただ一つ、京都大学。なぜなら今日は6月から待ちに待ったオープンキャンパスだから。新幹線に乗り、京都駅に向かう。

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※人物を勝手に公開するのはアレなので、モザイク処理しました。

うん、凄まじい。駅の中に巨大な商業施設がある…だと!?信じられない!僕は生まれて初めて経験したぞ!

そこでは1枚120,000円のジャケットがたくさん売っていた。衣服に疎い僕には、普通の服とは何が違うのかよくわからなかった。


ここから京大へバスに乗って向かうのですが、バスに乗るまでに多事多難あり。まず初めに、案の定、駅構内で迷子になった。次にバスに乗る人の数が多すぎて、長蛇の列をなしていた。そして、ここぞとばかりに雨が降り始め、極めつけは人の多さに酔った。傘はコインロッカーに預けた鞄の中にあり、手元にはない。言うまでもなく、長蛇の列を自分の番を待っているうちに、びしゃびしゃになった。不幸だな!

バスに乗車。人多すぎ。ここでまたしても酔う。気持ち悪すぎて、バスを降りようかどうか、真剣に悩んだが、降りるのに最も労力を使いそうだったので却下。我慢することにした。― 見渡すと学生らしい、若い人たちが多い。おそらく彼らもオープンキャンパスに向かうのだろう。僕が向かう駅で、おそらく彼らは下車する。その時が一番労力が少なそうだ。― そう考えて、せっかく座れた席に感謝しながら、しかし気分が優れないことを耐えながら向かった。


下車してしばらく歩き、京都大学に到着。

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人が多すぎて、ゆっくりと撮影する時間がなかった。だからこれだけが、京大でとった唯一の写真。

入口付近で恐怖を感じた。「ストライキは学生の権利でもある!これを行った12人の生徒を、京都大学は退学性分とした!これはいかがなものか!」といった内容の、学生運動の看板を発見、いや見たくなくても目に入った。なぜなら、校門のすぐそばに置いてあるんだもの…。すみません、京都大学さん。怖い怖い怖い怖い怖い。怖いです。

校内いたるところに設置されていて、ど派手に学生運動が繰り広げられていた模様。傍から見る分には申し訳ないが、もっと過激にやってくれないか。その方が後でネタにできるし、面白い(もちろん怖いが)。どれくらいの生徒が行っているんだろうか?出会えたらそれはそれで面白そうだ。


暑すぎてどうにかなってしまいそうだったから、涼しい場所、たとえば食道を探した。食道の2階で素晴らしものを発見した。これは世紀の大発明といっても過言ではないだろう。

京都大学 素数定規
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素晴らしい。これぞ芸術。見つけた瞬間に手に取り、レジへと直行。お昼ご飯を買おうと思ったのに、この時は完全に忘れてしまっていた。それよりもこの定規に感動。素数が好きだから、というのもあるけど、こんな見た目の定規、どこに売っているだろうか?持っているだけでちょっと変わった人になった気分になる、なんとも面白い道具。600円とちょっと高めだけど。


御飯はコンビニのパンで済ませて(京都駅で迷子になりつつ辿り着いたコンビニで買った)、いよいよ授業へ。

(何学部に参加したのか、どこに行ったのかは、できれば知られたくないことなので、すみませんが省略!たぶん察せるかと…)

係の人に無理言って、教授と直接会って話をした。流石に引いていたな、係員。教授を指名する人なんてそうそういないのかな?せっかく来たのだから良くないか?というのが持論。

学部学科紹介を終えて、確かに楽しかったが、ぼくのやりたいこととは少し違うようだった。もちろん理論の話などは十二分に楽しかったが…。僕は何がしたいんだろうか…。


本日はこれにて終了。あとはホテルへ向かうだけ。ホテルにつくまでに、ここでもたくさんの不幸あり。もちろん道に迷った。道行く人に聞いたら、「京都人はここら辺は迷わんけど、あんたは他県から来とるから迷うよね」なんて言われた。「京都人」。なるほど、そういうことね。僕には京都は合わないと確信した。




二日目 八月十一日 大阪

本日は大阪を散策する。せっかく近畿地方(あれ、間違ってないよね?)に出てきたのだから、天下の大阪に行ってきます。

まず向かうは、大阪城。朝の涼しいうちでないと、城内を歩けないと想像してホテルから遠い大阪城へ向かう。

...
......
........

えーっと、谷町4丁目方面の電車はーっと。あ、あそこに案内表示板があるぞ!なになに、まっすぐ行けばいいんだな!…あれ?目の前は壁なのに、まっすぐ行けってどういうこと?あぁなるほど、少しばかり左に進まなくてはならないのか!

(数分後)

あ、あれ?おかしいな、ちゃんと案内板に従ったはずなのに、あれ?ここはどこ?あれ…?

.........
......
...

言うまでもないですな。迷子は旅につきもの。大阪は迷子になると危険そうだから、この日に限っては、日頃使用頻度皆無の地図を持って移動。慣れないことはするものではない。迷子になるぞ。

今回ばかりは僕のせいだけではないと言っておく。大阪の案内板が悪い(言い訳)。矢印の先が壁だなんてありえない。左右に道があり、正面が壁となると、右か左か、運任せで選ばなくてはならない。そして僕は運悪く外れた。ユーザビリティのかけらもないな、と思った。いや、極度のマップヘイターともなると、すべての案内表示板がユーザビリティのかけらもないように見える。ここだけの話じゃないな。


そういうことがありつつも、到着。大阪城

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色彩が非常に美しかった。緑色の瓦に金色の装飾、そしてそれらを映えさせる下地の白。財力もってんなーと思わせる仕組みだ!瓦は銅(Cu)でできているらしい。それが長い時間が経過し錆びて、緑青(CuO)が発生し緑色に見えるのだとか。

なぜ銅板を使ったのかは、城内では確認できなかった。僕は少し思考してみた。まず銅は金に比べると廉価だ。それは金1グラムに対して最大で1キロ購入できる。次に非常に軽い。金は重たいからたくさん使うと重量的な問題が発生するが、銅は金に比べて何倍も軽い。そして金属だから丈夫で頑丈。最後に光の反射だけど、金も銅も磨けば同じような金属光沢がある。こういうことから、安価で、しかし財力を示すのに十分なものとして銅が使われたのかな、と思った。

実際に海外にある、いわゆる豪邸、お城の屋根の多くは銅でできている。だから古い建物の屋根は緑色に見える。なお、緑青が発生したあと、銅は錆びることがなくなる。手入れもいらない(むしろ緑青をはぐ方が問題になる)。そして、緑青、この文字は「ろくしょう」と読む。あえて言っておく。



次に向かうのは、スカイビル。空中庭園として知られているところだ。今回は、面白くないことにすんなりと到着した。駅で迷わなかったのは奇跡に近いな。

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お?大阪城が見えるぞ。庭園はそれなりに高いところにあるから市内が見渡せる。大阪城天守閣の部分がビルの隙間から見える。かつて高層ビルがなかった時代には相当大きく見えたことだろう。しかし今となっては、おまけ程度に、そして小さく寂しそうに、ビルの隙間から顔を覗いているように見えた。


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「落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて!回って回って回って回るうううう」そういや友人がこんなこと歌ってたな。このことか。下りのエスカレータの先は真っ暗でどこまで降りるのか見えない。僕の成績もk...ゲホンゲホングフッ


通天閣へ。写真撮り忘れ。登ろうと思ったが、1時間待ちだった。すぐさま諦めた。正直そんなに高くないのに登っても…というのが本心。通天閣の下側には意味不明の文字列が。よくわからない。

ところで、1時間待ち、ということは列ができているはずである。これを見たかったのでチケット販売所へかった。驚いた。列はお店の中何度もを通って、チケット販売所の数メートル前にはレジがある。これが意味することは、さしずめ並ぶついでに物を買え、ということだろう。なんと面白い商法だろうか。

通天閣付近ではディープな大阪が見られた。路地で麻雀や将棋を打っているおじさんや、テレビでしばしば目にする客の呼び込みを見た。(2017*08*13追記)「孤独のグルメ」の大阪編で見かけた串カツ屋に入って軽食を食べた。ソースの2度つけ禁止はとても面白いシステムだった。


この後もいろいろ観光したが、写真を撮り忘れたし、そんなに語ることもない。やったことといえば、食べ歩いただけ?たこ焼きを食べ歩いた。店一軒一軒味が違った。作り方も違った。そして食べ歩きは贅沢だと知った。なぜなら残っていた有り金がほとんど持っていかれたからだ。こういうところに来ると、食欲が無尽蔵になる。困ったものだなぁ。



余談だが、駅構内にて。

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なにこれ怖い。注射器をトイレに捨てる人がいるのか。あれか、麻薬か?も、もしかして、糖尿病のインスリン注射?どちらにせよ、これはヤバイ。

ヤバさをさらに増長させるトイレの仕組みが目白押しだった。ドアが開かない。手洗い部分がタバコと、よくわからない黄色い濁した液体で詰まっている。おまけに地面に大きな黒いシミと、隅っこには、何かよくわからないものが袋に包まれ放置されている。

これ、駅構内ですよ。駅の内部ですからね?田舎者の、小心者の僕には恐怖しかないですよ。ここ出たらヤクザに絡まれるのかな、とか想像しちゃうじゃないですかーいやだー。実は後半は、不審物を見つけることを楽しんでいた自分もいたりして。なんとも複雑な気分。漂う"ヤバさ"臭と怖いもの見たさ、同時に経験できる場所です。おすすめ()。



本日はここで終了。ホテルに向かう。昨日とは違うホテル。見た目からして非常に豪華、しかし安い。どういう仕組みなんだか。食事はすべてなしにしてもらった。つけると1食あたり2000円強持っていかれる。どんな食事が出るのだろうか。フルコース?バイキング?どちらにせよ、学生には手は出せない。

残り2日の旅は一人旅ではない。親戚の家に泊まることになっているし、親せきと一日を過ごすことになっている。だから一人旅はここで終了する。今回は非常に多くの恐怖(楽しい恐怖)を経験した。一人旅は面白い。

本日までの歩行距離は36㎞。歩数にして5万歩。よく歩いたな。





以上が2日分になります。

一人旅をするに至った経緯を書いておきます。簡単にいえば、楽しそうだったからやりました。既に受験は始まっていて、悠長なことはできませんが、せっかくの夏休みを家で過ごすのは嫌でした。そんな時にオープンキャンパスがあることを思い出しました。この機会を利用して旅をしよう!そう思ったわけです。

ホテルの予約から新幹線の予約まで、可能な限り一人でやりました。もちろん資金は自腹。銀行に預けているなけなしのお金をはたいて出発。両親からの反対はありませんでしたが、出発する日が近づくに連れて、「早く寝なさい」「地図を見ておきなさい」などと声をかけてくれました。読解力がなく、KYな僕ですら、言うまでもなく、意味は分かっていますよ。両親の思いもよくわかります。

まとめの言葉が思いつきませんが、とりあえずはっきりしていることは、僕の青春はこれで終わり。明日から受験生だってことです。まだ受験生ではなかったのか、愚か者め!と言われそうで怖いです(笑)

楽しかったー!