現役高校2年生の奮闘

thagwenの学問・趣味に奮闘する日記

ウサギとカメに学ぶこと。

昔話に、ウサギとカメが競う話があります。ウサギはカメよりも足が早く、すぐにゴールにたどり着くことができます。

しかし途中で余裕を感じ、なまけてしまったがために、着実に歩むカメに負けてしまうという話です。


そしてこの話の訓戒はこのようになっています。

過信(自信過剰)して思い上がり油断をすると物事を逃してしまう。 また、能力が弱く、歩みが遅くとも、脇道にそれず、着実に真っ直ぐ進むことで、最終的に大きな成果を得ることができる。
(Wikipedia)


でも、本当にそうでしょうか。



僕には違うものが見えています。

僕の見えたものを説明したいと思います。



その説明のために、一つ疑問を投げかけましょう。



カメはなぜウサギに勝負を挑んだのでしょうか。



カメは圧倒的にウサギに負けます。体格差、もちろん足の速さという点でも。それでもカメは臆することなくウサギに挑みます。

なぜでしょうか?なぜ挑むのでしょうか?一見すると負けが確定している試合に、どうして挑むのでしょうか?

考えました。そして1つの大きな結論にたどり着きました。



「カメは世渡り上手だった」



兵法にはこうあります。

「勝兵はまず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵はまず戦いて而る後に勝を求む」

つまり、「戦う前から勝利は確定している」ということです。

そして、「無謀な戦闘は行わない」ということが第一遍に書かれています。

兵法によらなくても、勝てそうにない戦は、自らに泥を塗る行為になります。だから僕らですらそのような戦は避けているはずです。

よってどうやらカメは戦いにおいての勝利を確信して、ウサギに決闘を挑んだと言えそうです。



ではどのようにして勝利を確信したのでしょうか。

勝利を確信するために必要なこと―言うまでもなく相手の観察です。相手の行動フロー、思考パターン、傾向を考慮する。これが鉄則です。

したがって、カメはウサギの観察を日々行っていたことになります。

ここにカメ一族のウサギ一族に対する密かな対抗心がちらりと姿を現した気がします。



さて、なぜウサギを偵察していることが明らかにならなかったのか?ということを考えましょう。

カメはウサギに比べると相当小さいです。

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昔話に登場するときですらかなりの身長差があります(正直全長差のほうが適切かもしれません)。

カメは自身がものすごく小さく、茂みに隠れ、保護色(昔話では緑色をしている)によって、ウサギの目を逃れていたということでしょう。

カメは自分の特徴を上手に生かしています。



話は戻して、しかし問題が1つあります。

ウサギの全員が全員、負けたウサギのように、途中で怠けてしまうわけではないということです。

ということは、カメは相手のウサギを無造作にではなく、意図的に決めていたということになりませんか?

もしも無造作に相手を選び、もしその相手が途中で寝てしまうなどという暴挙に出ない、勝負に堅実なウサギだった場合、勝率は0になるでしょう。

ゆえに、ここからわかることとして、カメは、数多くいるウサギ個々のデータを収集し、その中で特別イキっていてなまけ癖があり、勝てそうな気がするウサギを見つけ出していたのです!



ここで注目すべき点がもう1つあります。それはカメ自身が勝負の話題を持ちかけたわけではないことです。

ウサギが話を持ち掛け、それにカメが乗り、試合が始まりました。

ということは、カメは話題に乗せやすく、勝負を挑んできそうなウサギ、すなわち頭の弱いウサギを探して勝負をするように仕向けたと考えられます。

話題を誘導しやすい相手でなければ、勝負をすることができず、最終的な野望を叶えることができません。



このような計略の結果として、カメはあのウサギに勝った!ということで世間に名が知れます。ウサギ一族の顔に泥を塗り、カメ一族の繁栄に貢献。

ここで、さらに興味深いことに気が付きます。それは、この話が「カメが努力してウサギに勝った」というように、カメが正義として長い間語り継がれていることです。

もしもカメが、以上のような作戦を練って勝利したことが世間に知られたら?おそらく「カメは汚い」ということで、美化されず語り継がれることもないでしょう。むしろウサギがかわいそうだという意見が飛び、カメ一族の汚点となることでしょう。

ですが汚点を残すことは一族にとっては不都合。


よって真の目的は、「カメは一見歯が立ちそうにないウサギに果敢に勝負を挑み、その純粋な努力によって栄光を手にした」ということを世間に見せつけ、伝承することだったのです!

だから彼は勝利後にこのようにいいます。「うさぎさん、一緒に走ってくれてありがとう」と。これ以上に青春の美しさを醸し出せそうな言葉はないですよね!?美しい感じがしますよね。

この言葉があることによって、カメが計略を練ったという事実を上手に隠蔽しているのです。後始末まで抜かりなく行う。まさしく天才。



さて、ひとまとめしましょう。

カメは、あるウサギ集団を隠れて観察し、相手の情報を入手。勝負の話題に乗せやすく、自ら勝負を挑んできそうな、もちろん勝てそうな相手を探した。つまり決して無差別に相手を選んだのではなく、意図的に100%の勝利を確信できるような相手を選んだ。

一見歯が立ちそうにないウサギに果敢に勝負を挑み、その純粋な努力によって栄光を手にしたという中身の話を、世の中に見せつけ伝承することが目的だった。そのために、美しく巧みな言葉を用いて、汚い事実を塗り替えた。



いやあ、何て世渡り上手なんでしょうか。

ウサギを企業や、ライバルに置き換えると、本当に上手に世を渡る、かなり汚い感じが匂ってきた気がしませんか。

相手を蹴落とすがそれを表に出さないことによって周囲の評価を下げず、しかし自分の地位を確固たるものにし、後世に残る話を仕立て上げる。

上手ですね。



僕に見えた「ウサギとカメ」が本当に見せたかったもの。それは「頭を使って上手に戦え。後始末はしっかりと抜かりなく。」ということだと考えます。

頭を稼働させなさい。

末端者でもある敵方一族を倒すことは、下剋上を意味する。

末端者を探すために相手を知りなさい。

勝利を確信しても、兵法にあるように油断をすることなく、手加減せず戦いなさい。

一方でそういう威厳にこだわる「汚さ」を排除するために、あくまで勝負はきれいに、感動的に。

決して高慢ぶらず謙虚につとめ励みなさい。

後始末は抜かりなく行うこと。

これが一番言いたいことなのではないかと感じました。



実は、これは物語の前半部分の話でして、後半部分の話を考慮に入れていません。

ですが、後編は信ぴょう性が低いです。情報源が不明です。

だからできれば考慮に入れたくありません。もしも情報源があるのであれば教えていただけると幸いです。

以上夏休み課題の「ウサギとカメ」の読書感想文でした。



※注意

意見には個人差があります。

この感想文は夜中の2時ごろに書きあげました。

ここに書き写していて気が付きました。

深夜テンションって怖いですね。